マンション用仏壇 仏具 コンパクト|新しい「祈り」のかたち 仁和 Ni-wa

企画開発・プロデュース 萬谷 和子

 

 

 

 

 

 

昨今の実情を知るにつれ、

新たな供養の形が求められていると

強く感じました。

企画開発・プロデュース 萬谷 和子

私は300年の歴史を刻む酒田の「萬谷」にて、昭和2(1927)年に生まれ、戦時中の昭和18年に県立酒田高等女学校を卒業しました。戦後は昭和22(1947)年に家業に入り、その2年後に佐藤隆吉と結婚しました。昭和33年からは夜行列車で酒田から九州まで行って外交に励み、昭和37には日本陶芸チェーンの理事に就任いたしました(平成17年まで)。昭和38年には羽黒山の宿坊「長円坊」の神林ご夫妻とご縁がつながり、出羽三山神社との長いお付き合い始まりました。そのご縁で昭和60年には羽黒山で第一回茶筅供養祭を開催し、平成27年まで30年に渡って毎年開催いたしました。また茶道について学ぶ旅「なごみ知の旅」も平成2年から、22年まで企画開催し、平成27年には永代供養塔「寂光廟」の創設にも深く関わりました。まさに休む暇なしの人生です。

そんなある朝、いつものようにお仏壇に手を合わせている時に、ふと閃くことがありました。身支度を正して灯明を点け、水を汲んで線香をあげておりんを鳴らして、観音扉の重々しいお仏壇に手を合わせるという一連の動作が、私と亡き主人との間に大きな距離を感じさせたのです。もっと身近で、もっと気軽に、亡き夫と対話をしたい。そんな仏壇ができないものか。それが、この新しいお仏壇の企画のはじまりでした。

平成27年に米寿を祝った私が89歳で発明したことに自分でも驚いておりますが、商いを通して育てていただいた多くの方に感謝して、人生のお返しをしなければと心から念じて暮らしていると、パッと閃くことがあるものです。画用紙で型をつくり、試行錯誤を繰り返しながら、新しい「仁和」の設計をいたしました。

こうして完成した「仁和」は、コンパクトで、すべての仏具が収納できて、簡単に移動できるという利便性、そして土に還る自然素材を材料に一流の職人や工芸作家が丁寧に手作りで仕上げたという質の高さを兼ね備えたものとなりました。時代が激変し、住まいのスタイルが変わり、仏壇を持たない、あるいは持てない人が増えている今、大切な故人との縁をつなぐ「仁和」は、今を生きる方々にとって必ずやお役に立つものとなるでしょう。

 

DSC_5162_1                      萬谷和子の企画スケッチ

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