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高取焼  高取八仙窯

高取焼  高取八仙窯

高取焼一式名前入高取焼の歴史

高取焼は筑前福岡黒田藩の御用窯として慶長年間(1596~1615)に開かれました。この頃は茶の湯の隆盛期で、豊臣秀吉による朝鮮出兵に参戦した西国大名は、朝鮮から多くの陶磁技術者を日本に連れ帰り、各地に窯を開きました。高取焼もその一つで、初代藩主黒田長政によって帰化した陶工・八山(パルサン)が開祖です。

当初は素朴な風合いが特徴でしたが、桃山風の力強い作風の茶陶を作るようになりました(永満寺宅間窯、内ヶ磯窯、山田窯の古高取)。

永年間(1624~1645)になると二代藩主忠之が小堀遠州と親交を深め、遠州好みの洗練された茶陶を作るようになり、遠州七窯の一つとして名を高めました(遠州高取)。

その後、小石原で遠州高取よりさらに繊細な作風が生まれ(小石原高取)、細分化されていきました。そのため高取焼の作風は時代によって異なります。現在は数カ所の窯元がいたる所に残り、復活した窯もあります。

 高取八仙窯 

高取八仙窯は福岡県南部にある標高500mの山里、旧小石原村にあります。慶長7(1602)年の永満寺宅間窯から始まり、寛文9(1669)年に三代目八之丞が飯塚から小石原に移り住んで以来、窯の火を絶やさず茶道具制作を続けています。現在は八仙(八州夫)氏が十三代高取八仙を継ぎ、娘婿の高取忍氏と孫の高取周一郎と共に「綺麗寂(きれいさび)」の境地を求める高取焼づくりに邁進しています。

【高取八仙】昭和9(1934)年生まれ。昭和28年に十三代を継ぐ。

国際芸術文化賞、全国伝統工芸士会功労賞、秋の勲章瑞宝単光賞など数々受賞。

【高取 忍】昭和29(1954)年、愛媛県生まれ。昭和58(1983)年、高取八仙窯の十三代・高取八仙氏の長女と結婚し、作陶の道へ。

【高取周一郎】忍氏長男。祖父・八仙氏、父・忍氏の下で作陶の修業中。

十四代目 高取 忍

十四代目 高取 忍

高取八仙窯と萬谷 (萬谷和子/談)

【出会い】

平成14年頃、佐賀県立九州陶磁文化館を訪ねた折、当時展示されていた高取八仙窯の「菱口笹耳付下蕪花入」をみて一目惚れしたのが出会いとなりました。数々の作家先生と親交を重ねていますが、作品が取りもったご縁は高取焼が初めてです。その日のうちに九州陶磁文化館から住所を伺って窯を訪ね、直接仕事ぶりを拝見させていただきました。以来、萬谷茶道具部でお取扱いしています。

【天目杉形竹節高台茶碗】

茶の文化になくてはならない茶筌。羽黒山で行う「奉納茶筌供養祭」は、お役目が終わった茶筌に感謝の意を表し、供養をしてお焚き上げをする行事です。庄内にある茶道五流派をまとめて昭和60(1988)年から毎年羽黒山で開催し、30年の節目を迎えた平成26(2015)年にその供養祭を終えました。使用済みの茶筌を毎年1000本ほど供養し、お焚き上げを致しますが、灰はほんの一握りです。取り置いていたその貴重な灰を、ふと思い立ち、高取忍先生に送りました。その茶筌灰で釉を作って茶碗を造る。

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しかし竹の茶筌灰を使った釉で焼いたことは未だかつてないとのこと。どうなることかと待っていると、茶筌供養30年の歴史を刻む非常に品格ある抹茶茶碗を作って下さいました。それが天目杉形竹節高台茶碗です。茶碗を伏せた形は羽黒杉をイメージした杉形で、高台は竹節をイメージした段高台。茶筌灰が入ることで通常の高取柚とは異なる風合いとなりました。わずか60個しか作れなかったためすぐに完売しましたが、この時の高取先生の真摯で研究熱心なお人柄に大変感動したこともあり、今回の仁和製作を依頼いたしました。

 仁和具_高取焼の特徴

高取焼の特徴は、高度に精製した土肌の細かさ、美しい釉の風合い、高度なろくろの技術による薄造りです。特に自家調整した高取独自の釉薬をかけ、薪の登り窯で焼き上げる瀟洒な品性ある茶道具は、国内外から高い評価を受けています。

仁和の高取焼は注文を受けてからの作陶となります。

萬谷和子、高取忍、高取周一郎、酒田市妙法寺の光廟6月2015年

萬谷和子、高取忍、高取周一郎、酒田市 妙法寺の『寂光廟』前、2016年6月。

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